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9 月 22nd, 2009 | よもやま話 | written by Nakahama
村上春樹の小説「1Q84」は、あるきっかけで、それまでいた世界とは、過去を含めて微妙に異なっている、パラレルワールドに入り込んでしまったという設定の小説です。
民主党が政権を取った後のニュースを見ていると、そんなパラレルワールドに迷い込んだかのような気分になります。というのは私だけでしょうか?
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私が『保守』であれ、『革新』であれそれはどちらでも良いのですが、ひとついえることは、従来であれば、できないことはないんだけれども、結局なかなかそこまで変わることができない、というようなことにずいぶんと手がつけられている(あるいは手をつけかけている)ように感じられる、ということです。
自民支持あるいは保守の方々は、悪夢のパラレルワールドかもしれないし、民主支持や革新の方は夢のパラレルワールド、といえるのかもしれません。
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オバマのChange!ではないですが、これは、日本にとってかつてない変化であることは確かです。民主党の政策による社会変化がもたらす良いこと/悪いこと、というのはもちろんですが、むしろここまで変わってきている/変わらざるを得ないというダイナミズムが、停滞していたものや人や意識や、なにやかやへと、影響を及ぼすのではないでしょうか。
言い換えればそのような社会的な変革への欲望こそが民主党政権を生んだのだ、ともいえますが。
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ということで、なんとなくあきらめていたことや、守りに入っていて萎縮していた何かがこの先動き始めるのではないかと思います。というか、もう沈んでしまった船にこれ以上しがみついていてもしょうがないので、おぼれるかもしれないけれど別の船に泳ぎ着いて、必死にこいでいる、というところでしょうか。
そんな中で今自分がしかかっている仕事を眺めてみると、いろいろと軌道修正をした方がよいことも見えてきます。
なにか後生大事に守っていたものが、良くも悪くももう損なわれてしまったのです。そんなスタート地点に私たちは立っているのだ、と改めて思った休日でした。
1 月 30th, 2009 | よもやま話, マーケティング | written by Fumiko
どんなダイレクトメールを受け取ってますか?
保険の案内、車の案内、新店舗の案内…
まぁ内容それぞれ、人それぞれだと思いますが
わたしは1ヶ月に多いときは2日に1通のペースで某百貨店内の
様々な化粧品ブランドからDMが届きます。
昨日来たのは、某百貨店にある国内スキンケアブランドから。
80g(少ない!)で15,000円(!!)のボディケア(しかもボディ!!!)
の案内に1g程度のサンプルが2点。紙は勿論上質。蛇腹に織り込んでいる
凝りよう。更に百貨店へのDM抽出料もかかるし、送付料含めて
“これ、いくらなんだろう…”と長い間真剣に考えてしまいました。
このブランドにわたし自身の購入履歴はありません。
またいくら新商品であっても1部あたり高額となるDMを大量に
ばらまくわけでもないかと。
となると、顧客からのDM抽出条件としては
・月に1回以上百貨店化粧品フロアで来店購入履歴あり
・当ブランド購入履歴なし
・半年(3ヶ月とか)以内に国内/海外スキンケア2ブランド以上購入履歴有り
・スキンケア購入金額 ○○円以上(※メイクではなく)
・半年以内ボディケアアイテム購入履歴有り
・30代以上
→抽出上位○○名(10000とか)
なんていう抽出だったのかなぁ、という想定を今回のDMに限らず、色々
妄想しては楽しんでいたりします。
化粧品におけるDMのリターン率(特に百貨店)はかなり低いと言われています。
※参考;「化粧品を購入する際に参考にしている情報」
http://www.yomiuri-is.co.jp/perigee/flab04.html/4
実際抽出条件を色々工夫しても何がどう当たるのか、百貨店側担当者も
コレ、というものがないようです。
ただ実際は化粧品ってまだまだDMの世界なんだなぁ、と個人的には
強く感じています。
Webでもメルマガでもなく、DMでビジュアルや商品が分かることで
商品に対する期待、また来店を促す機会には大きく役立っているのでしょう。
だいたい、わくわくするDM,っていうのは化粧品くらいかもしれません。
わたしたちもわくわくする情報を提供し続けないと。
と色々書きましたが、化粧品会社の思惑にのせられたまま、
足を運ぶのでありました…
1 月 19th, 2009 | よもやま話 | written by dancer
西の果てでは戦争がおきていて、東の果てでは次の親方の就任でお祭りがおきています。
この二つの対比に虚しさを感じざろう得ません。
子供が嘆き悲しむ世の中よりも夢や希望を持てる世の中にするのが大人の使命かと思います。
この虚しい水平方向を打破すには垂直方向に目を向けるのが解決への道筋になると思います。
一見虚無な火星で温暖期にメタンガスが多く発生するのが観測されたそうです。
もし今の状況をガリレオが見たら、「何をしているんだ!とっとと火星に行かんかいワレ!」と嘆くに違いないと思います。
1 月 1st, 2009 | よもやま話, 体育, 未分類 | written by toru
あけましておめでとうござます
今年は走れるだけ走ってやろう
そんな気分です。
書き初めするのなら、無我夢中とか、JUST DO ITですかね。
ん?・・・このふたつ、微妙にニュアンス違うかな?
まあ細かいことは置いといて、そんな気分。そんな決意。
なにとぞよろしくおねがいします
11 月 28th, 2008 | たわいもない話, よもやま話 | written by kita
ブログ編集長自らのの順番が回ってきました。
書こうと思うと結構悩みますね・・・。
と、言うことで悩んだ結果、今年の初めのことを思い返してみました。
「ケガなく、健康で。」
ここ数年の新年の決意&目標です。
が、これまで一度も達成できていません・・・。
(理由)
・毎年、ゴールデンウィーク明けの週末(代々木公園でタイフェスティバルが開催される頃)に寝込みます。
・今年は、ギックリ腰を数年ぶりにやりました。
・飲み過ぎで1年ほど禁酒/食事制限したことありました。
・顔を洗ったらむち打ちになったことありました。
・酔っぱらって転んで突き指したことありました。
※もっと書きたいですが、長くなるのでやめておきます。
毎年目標は掲げるものの・・・だめですね。
ただし、改善されたこともあります。
・二日酔いしなくなった。
・朝きっちりと起きることができるようになった。
なので、 今年の「目標」、今年のうちに【反省して、来年からは改めよう】かと思います。
が、まずは残りの営業日を充実して過ごして行くことにします。
来年の目標は来年になったら、発表する(かも)予定です。
11 月 26th, 2008 | たわいもない話, よもやま話 | written by kamiya
・今年の○○今年のうちに!で、○○を埋めて作文してください。(が、今回のブログ編集長kitaさんからのお題。)
というわけで、疑問には思っていたけれども、なにかとめんどっちくて
調べるまではいかないレベルだった?を解決します。
(1)年をとると、筋肉痛はナゼ遅れてやってくるのか?
気分は27歳なのに、今年、40歳になりました。
ちなみに、見た目は30歳なかばくらい? と言われます。
さて、プライベートで続けているスポーツがあるのですが、最近は大会のあとは、
決まって2日後に筋肉痛のピークが来るんですね。 年を重ねるごとに、筋肉痛が
遅くやってくるのはナゼ? 調べてみました。
医学的に偉い人たちがいろいろ考えた結果、
原因は、良くわかっていないそうです。こんな身近によくわからないこと、あるもんなんですね。
一説によると、激しい運動をすれば必ずすぐに筋肉痛になるそうで、
でもって年をとると激しい運動をしなくなるので、
筋肉痛の程度も比較的軽い遅発性筋肉痛になるそうです。
またある説では、頻繁に運動をしていた頃に比べて運動をしなくなると、
筋肉の衰えにより筋肉痛にならな かった運動量で、筋肉痛になってしまうらしいです。
まあ、やっぱどうでもいいですね。 前向きに、筋肉痛が遅くやってくるのも
試合に勝てないのもすべて、「かつてに比べて練習が足りない」
ということにしておきます。
(2)駅の階段では、ナゼ右側通行なのか?
地下鉄から階段をのぼってくるときに、ふと ? と思ったこと。
真ん中で仕切られた手すりよりも右側を歩くように目印があったりします。
とはいえ 駅の地下道などでは、人は左側を歩いていたりします。
そういえば車は左側通行でした。 調べてみました。
すると同じように疑問をもった方がいらしゃって、
ご自身のブログで解説されていたので、抜粋させていただきました。
<以下、吉村外喜雄氏 「吉村外喜雄のなんだかんだ」から転載>
■まず江戸時代の諸説。
右側通行説…武士は左側に刀を差している。
前方から来た武士に、抜き打ちざま切られないようにする
ために、右側通行が守られていた。
左側通行説…武士は左側に刀を差している。
右側を通行すると、刀の鞘(さや)と鞘がぶつかるおそれが
あるため、左側を歩いた。
車が道路の主役になる以前は、人がどっちを歩こうが、いっこうにお構いなし…。
と、思うのだが、左側を歩く人が一般的に多かったようです。
■明治14年、警視庁通達で、人は左側を通行するようにと、告知された。
■占領下の昭和22年、道路交通取締法が制定され、「人も車も左側通行」と決められた。
■昭和24年改正で、「人は右、車は左」の対面交通が取り入れられた。
「人が、後方から来る車に引っ掛けられることが少なくなる」という理由から、
この年、道を歩く時は、左側通行から右側通行に改正されたのです。
米国の交通ルールに習えば、「人は左、車は右」になる。
しかし、当時の庶民の交通機関はバス。
日本の乗り合いバスは戦前から右ハンドル、左乗降になっていた。
出入り口を逆に付け直す必要があるのと、ハンドルも左に付け変えた方が、乗り降りが便利。
当時の日本の経済力では、アメリカ方式の採用は無理と、「人は右、車は左」になった。
この時、習慣になっていた左側通行を改め、右側通行に変更されたのです。
な~るほどね。 あー、すっきりしました。 これで年を越す準備がひとつ終わりました。
ではまた。
11 月 12th, 2008 | たわいもない話, よもやま話 | written by Nakahama
ITの進化による世の中の変化が再びお題ですので、年寄りらしく昔話から。
それこそキャプテンシステムやマルチメデイアの時代の話です。
よく、当時の通産省のなんとか委員会の人とか、大学の教授などが、夢のマルチメディアの将来像としてこんなことを語っていました。
たとえばテレビドラマの結末も、一つじゃないんです。自分が好きな結末が選べるんです、とか、読者の投票によって結末を決めることができるんです、すごいでしょ、なんていう例で”マルチメディア”を語っていました。
アホかと。すみません言葉がきたないですね。しかしこういう人たちってほんとにそんなものに価値があると思っていたのでしょうか。
DVDでもカメラアングル、とか用意されていますが、そんな機能が有効に使われている映画なんて見たことがない。そういう意味では、インタラクティブな映像コンテンツって今まであったのか、というと語弊がありますが、 従来型の映像のフォーマットそのものがかわった表現形態というのは結局いまだに登場していないのではないか、という気がします。
まあ、ニコ動なんかは、そういう意味で、ネットで見る映像の新しい様式、といえるのかもしれません。
で、何が言いたいかというと、マルチアングルもこんなコンテンツなら、あっていいなとおもったムービーがあったもので、若干長い前振りでした。
http://www.wowow.co.jp/music/radiohead/special/
WOWOWのRADIOHEADのライブオンエアのためのプロモーションコンテンツですが、12台のカメラをユーザーサイドが自由にスイッチングし、かつそれが記録されるので、自分だけの編集が再生もできるというわけです。
このライブ、何年かぶりに自分が足を運んだライブでもあり、ちょっと感動です。こういうのならWebコンテンツによる”Experience”といっても納得できます。
ちなみにこのサイト教えてくれたのはU.Kくんですが。
11 月 6th, 2008 | よもやま話 | written by sudok
最近SOU・SOUの作務衣を着ています。
適度にゴワッとした生地が抜群に心地よいです。
「もしも戦後、日本の衣装文化が健全に発展していたら、…」という
メッセージに惹かれます。
職人さん手作りの“足袋”にも興味があります。
自転車に乗るときとか。
10 月 29th, 2008 | よもやま話, 未分類 | written by Fumiko
情報革命」というとてつもないお題だったので
海外放浪編と切り売りしてみました。
海外旅行はおすきですか?初めてはいつでした?
わたしが初めて行ったのは15年以上前でした。
■1990~95年。
アドレス帳を眺めてはせっせとポストカード。
“今、エッフェル塔の見えるCafeにいます。”
なんていうエッセンス上等、帰国後数日でお手元に、は
ご愛敬、な『旅通信』でした。
現地で知り合ったお友達へのコンタクトも、
メモでもらった住所はあまりに雑だった難解文字を解読し、
写真を同封して送り合っては勝手な情緒に浸っておりました。
■95年~2000年
『旅通信』が少しずつ変わっていきました。
相変わらずキレイなポストカードを見ると
“カリブ海を眺めながらマルガリータと共に”
ですが、ぽつぽつ出来はじめたネットカフェから友達に
“なんと!いまジャマイカなのよー!”
なんてメールが出来るようになりました。
“そうなのー!!すごい!いまそっちは何時?”
なんて即レス来たら、もう、感動倍増!
旅先で出来たお友達ともメールアドレスの交換で
知らない国のいろんな生活が見えるようになりました。
ああ、こんなに簡単に世界中と、世界中で「繋がる」んだ、
という衝撃・驚嘆・感動だらけ、でした。
■2001年
どこにいるかわからないよ、という
旅にでました。携帯は解約しました。
『旅通信』は”今どこで、ここはこんな感じの街だよー。”
という道程一般情報はコピペしたりなんかして、
当たり前になりつつあったネットカフェに寄り、
Hotmailで個々に、に変わりました。
流行もの好きの父親は電話番号@の携帯メールを触るようになりました。
ポストカード購入率は激減です。
明らかに字が汚くなりはじめました。
9.11の衝撃映像は、キューバで知り合った
オーストラリア人とメールで「繋がり」、
合流したグアテマラで見ていました。
わたしのHotmailアカウントには大量の
“いまどこ?NYじゃないよね?”メールが届いておりました。
ひとつひとつ、丁寧にお返事いたしました。
帰国後、”ただいまー!!”の挨拶と共に
写真みたい(みせたい)リクエストにお応えすべく
プリントアウトし、アルバムにまとめ、
“肌、焼けすぎだよ…”
なんて言われながら見せ回りました。
■2007年
また、放浪に出ました。
強盗・誘拐が多発する地域にも行くけど
no itineraryだったので周りに多少心配されました。
ただ自分もどこで消息不明になるかちょっとだけ心配だったので
即興でSNSの日記サービスを利用することに。
携帯はどこでも「繋がる」ので、解約する必要がなくなっていました。
『旅通信』は高度3800m級のボリビアの山奥ですら
当たり前のように立ち並ぶネットカフェで、
「何月何日、どこどこにて、こんなだよ」と写真も一緒に
お知らせするスタイルに変化しました。
今度はその日記にコメント、という新しい反応がついてきました。
SNS上で「繋がっていない」友達を「繋がる」ようにして
どうせならこの日記で見てよー、という行動にすら出る始末です。
今度は個人個人にメール、が激減しました。
父親は携帯メールの達人に。
『旅通信』はいろんな人には見てもらっているようです。
楽しみに待ってくれてる人もいたようでした。
新しい土地で宿を決めたらまずネットカフェ、なんて変な
癖がつきました。
“塩辛を食おうとて水を飲む”なんて諺が浮かぶことがありました。
筆跡はもう、なんだか。
日記に”帰国します”と書いたので
成田に着いても格段お知らせするわけでなく。
帰国後の写真はアルバムサービスでまとめて一括ご案内。
終了。
***
退化することなく、進化。
不便よりは圧倒的な便利。
取捨選択。
取捨選択する(×出来る)人間に、と思いました。
次の機会には
“ドバイより愛を込めて”
なんてポストカードを書いてみようと思います。
10 月 15th, 2008 | よもやま話 | written by Nakahama
IT化、インターネット普及から10年、この先10年、というのが、今回の私のお題だそうです。
30歳、紙の編集者からウェブの世界にきて10年以上。この間にどんな変化が起こったのでしょうか。
一言でいえば、便利になった、でしょう。
その詳細は、改めて説明するまでもないでしょうね。
では、便利って、どういうことなんでしょうか、いいことなのでしょうか。
少し考えてみます。
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